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はいー。仮面体験記の方が続々と来てます。
今回も(元)ブロガーさんです^^
すっごい長い分、めちゃくちゃ気合い入れて書いてくれてます!


・スペック
【HN】32155
【仮面先 私立or国立】私立某経済大学
【志望大学】早稲田大学人間科学部健康福祉学科
【仮面するきっかけ】
僕は心理学を学んで臨床心理士になりたかったのですが、認定心理士の資格が取れる大学が残念ながら不合格でした。その時すでに一浪相当だったので、うちの人にもう一度受験するとは言えず大学に通うことになりました。しかし、恥ずかしながら、自殺掲示板など前から見ていた掲示板を見ていたら、やっぱりこういうところに書き込む人のために何かしたいという気持ちが再び起こってきました。そこで親を説得して、将来自分で暮らしていくために経済を学ぶという条件付きで受験を許可されました。
【受験結果】
第一志望×
第四志望某心理学科○
 
 
 
・体験記
【3月】
親を説得するために必死だった。経済学に興味が湧かないといったら、「興味があるとかないとかじゃないんだよ。お前は生きるっていうことについて真剣に考えたことがあるか?それすらもできないくせに人のために尽くしたいとかよくいうよ。」と時に辛い言葉を言われたりもした。しかしめげずに説得したら、上記の条件付で仮面浪人を許してもらった。ここが仮面浪人の幕開けである。。

【4月】
入学式があった。したたかに準備を進めていた僕は確実にどんな行事があっても勉強時間を確保した。初めてのクラスの飲み会にも行った。しかし、その日も図書館にこもった。大学の馴れ合いでも心から楽しめず、だんだん距離が離れていくことを感じた。そしてクラスのリーダー格の人や、仲のよくなった友人には仮面のことを教えた。応援してくれる友達がほしかったのが正直なところ。宅浪は勿論のこと、受験は孤独との闘いである。つまり非リアは宿命なのである。それをよく分かってなかった僕は、誰かにかまってもらいたかった。しかし、その思いとは裏腹にそのことが僕をより一層非リアにしたのであったw

履修登録は必修とぱんきょーのみで一年で合計26単位をとった。必修はもちろん経済学、英語などであり、英語は単位が楽に取れればいいと考えていたので英語のクラス分けテストを適当にうけた。だから一番下のクラスにはいった。ちなみに今年は頑張ったwぱんきょーは受験に近そうなものを選んだ。日本語表現など。

【5月】
初めてのマーク模試がやってきた。結果は英語138点、評論48点小説28点、日本史はマークミスだった。この数字は仮面する前の年の11月、塾に入った当初センター黒本をやらされた時英語80点、国語112点だったので、英語の伸び率からすると170点台に乗りそうだと考えたので、志望は早稲田大学人間科学部を目指すことにした。

【6月】
変わらず勉強をするが、末、盲腸になる。この年で?みたいな感じだった。医者に「江戸時代だったら死んでるよ」といわれる。危うく敗血症になるところだったらしい。一週間入院。

【7月】
退院した月だった。退院した週から期末テストを課す授業もあった。これは不運としかいいようがなかった。結局マクロ経済とか論理学とかコツコツやってたのでなんとかなったが。

【8月】
3日全統マーク。英語120 偏差値53.6 国語79 偏差値42.0 日本史61 55.0だった。
正直落ち込んだ。もう夏なんだ今ならやめられると思った。しかし、早大プレ申し込んでしまったし・・・と思ったので受けてみることにした。そして迎えた8月末、早大プレで思った以上に手ごたえがあったので頑張ってみようと思った。夏場は特に友達にも会わず、つまらない休みだった。唯一一緒につるんでいた友達はアメリカに行ってしまったし、本当に孤独だった。

【9月】
早大プレが返却される。成績は英語68、55.3国語62 63.0日本史26 46.8のD判だった。
まずEじゃなかったことに安心し、Dは努力圏だというふうに書いてあったのでこのまま努力し続ければ実力は伸びていくんじゃないかと思った。しかし実際はそうは行かなかったのであった。
ところで学校の授業の成績が返ってきた。あんまり力を入れてないもののAばかりだった。
頑張ってもないのに、普通の人の平均以上とっているのが悲しかった。報われない努力。。

【10月】
学校が始まるが、僕は完全に行かなくなっていた。学校では話す人もいなくなっていったし、(自分が悪いのだが)受験勉強だけの一本のスピアに賭けてみたいという気持ちがあったからだ。しかし迎えた三回目の全統マーク。。これは今でも忘れられない。英語130点、国語89点、日本史64点。。全く5 月から伸びてない・・・・。この成績をブログに載せた。そしてコメントがついた。「所詮その程度の実力ってことだね。」この言葉にひどく打撃を受けてしまった。そしてインターネットで大量に飲めば死ねるという薬を調べて60錠買った。これを飲めないアルコールと共に摂取した。結果は三日間ラリって、ベットから落ちて打撲。今思えば両親に申し訳ないことをしたと思っている。
仮面浪人まで許してもらったのに。。打撲で当分動けないまま、11月を迎えることになる。

【11月】
様々なことに精神は荒れに荒れ、俺は何のためにくたくたになっているんだろうかというところに更なる追い討ちがかかる。11月16日。第二回早大プレである。確か英語36(52.0)国語58(55.7)
日本史50(62.0)という結果に絶望。「俺は何をやってもダメなんだ・・・・たかだか受験ごときのこともできないのか。」と。友達にも「もう俺は受験無理だわ・・・今の道でベターな方向を探す。」と言ったら、愛想つかされ電話にも出てくれなくなった。けれど、「俺にはこの道しかねえ、このまま断念したら周りに示しがつかないだろう」という義理のようなものが心の根底にはあった。だから再び頑張ろうって思えてきた。だから毎日毎日静かな机に這いつくばって勉強していた。

【12月】
早大プレが帰ってくる。判定はD判45%、Cに近いDだった。「残り時間悔いのないようにがんばる!!」それがいつの間にか「絶対合格」に代わって僕の受験の看板となっていた。年を明ける日は確かファミリーレストランで勉強マラソンをしていた記憶がある。

【1月】
センター試験が始まる。センター利用はしなかったので緊張はしなかった。スコアは英語144国語128点日本史75点であった。模試よりは確実に成長していた。自分はこれぐらいなんだと過小評価することもできたが、自分の限界値を超えることが出来て素直に嬉しかった。

【2月】
一般入試が始まる。6日、目白大学人間学部心理カウンセリング学科。ここはまったく緊張しなかったし、赤本も前日一日分だけといただけであった。 9日、法政大学現代福祉学部、めちゃめちゃ緊張した。帰りは涙目だった。12日立教大学現代心理学部。ここは法政の経験を生かしてなるべく緊張しないように心がけて望んだので緊張はしなかったが肝心の学力のほうが・・・・笑。
そしてラスボスの早稲田人科18日。これも万全の体調で迎えた。この日「やっと最後まで闘い抜けたんだ、もう落ちたっていいや」と思った。結果は目白以外全落ちでしたが、後悔はしてません。
今では過去はもう忘れて、新しい環境でやり直しています。楽しいです。勉強も頑張ってます。
 
 
 
【受験生へのメッセージ】
失敗の連続だった僕が偉そうなことは言えないのですが、受験とか正直くだらないと思う。人生はなるようにしかならないとも思う。受験は才能じゃない努力だみたいなことは俺は嘘だと思うし、勉強法一つだってそれで伸びるかも怪しい。何でこんなことであんなに苦しみもだえ、死のうとしたのか今考えると馬鹿馬鹿しい。けれども、死にそうに努力するということも一つの経験だと思います。そうすれば、他のことにかける努力なんてちっぽけに感じるはずです。どうか受験生の皆様、自分の人生、運命に精一杯抵抗してみてください。
  
 
 
 
 

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